生活の中のことば

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生活の中のことば 101~110話

第101話 満足(まんぞく)

 のぞみがみち足りて、不平不満がないこと。和讃に、お浄土に生まれると、あらゆる願いがかなえられるから「すみやかにとく満足す」とのべられています。

―ひとくち法話No101より―

第102話 安楽(あんらく)

 心身に苦痛がなく、安らかで楽なこと。真宗では、阿弥陀仏の浄土の異名で「往生安楽国」などと使われています。

―ひとくち法話No102より―

第103話 輪廻(りんね)

 迷いの世界を生まれかわり死にかわりすること。仏教では、六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上)に生死を繰り返すことを六道輪廻といいます。

―ひとくち法話No103より―

第104話 大乗(だいじょう)

 大きな乗り物の意。ほとけの教えは、人間のはからいを超えて、あらゆる人々をお浄土に救うという大きな働きなので大乗という。世間でも、私情や眼前のことにとらわれないさまを「大乗的な見地に立つ」などと使います

―ひとくち法話No104より―

第105話 同朋(どうぼう)

 同じ修行仲間のことを「同行(どうぎょう)」といいますが、聖人は、お弟子たちへのお便りの中で、お念仏を申すともがらを「とも同朋」と申されています。私たちは普段は同行も同朋も同じ意味で使っていますが、「同行」より親しみ深い意味が込められている言葉のようです。

―ひとくち法話No105より―

第106話 極楽(ごくらく)

 念仏者が、死後阿弥陀仏に迎えられるお浄土の別名です。『仏説阿弥陀経(ぶっせつあみだきょう)』には「その国をなぜ極楽と名づけるかというと、その国の人々は何の苦しみもなく、ただいろいろな楽しみだけを受けているから、極楽という」と説かれています。

―ひとくち法話No106より―

第107話 畜生(ちくしょう)

 鳥獣虫魚の総称で、けだもののこと。仏教では、生前の悪行のむくいで死後に落ちる三悪道(さんなくどう)〔地獄(じごく)・餓鬼(がき)畜生(ちくしょう)〕の一つになっています。

―ひとくち法話No107より―

第108話 通夜(つや)

 夜通しすること。人が亡くなった時、近親者や知人などが集まって、遺族をなぐさめ、故人をしのぶことを「お通夜」と言っています。夜通しでそばにつき添うので夜伽(よとぎ)ともいいます。

―ひとくち法話No108より―

第109話 恩徳(おんどく)

 恩を知りて、徳を報ずる〔知恩報徳(ちおんほうとく)〕のこと、ほとけさまのご恩を知って、そのおめぐみをよろこばせていただくこころです。『恩徳讃』という仏教讃歌があり、みなさんに親しまれています。

―ひとくち法話No109より―

第110話 自在(じざい)

 自分の思うままになる。自由になるという意味から「自由自在」などと使います。親鸞聖人は、『教行証文類(きょうぎょうしょうもんるい)』の中で、阿弥陀仏のことを、別名「自在人(じざいにん)」と申されています。

―ひとくち法話No110より―