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如来堂桟唐戸修復工事について

只今、如来堂では、国宝専修寺如来堂美観向上整備事業として、令和7年度・8年度の2カ年の事業にて、国・県・市の補助を頂き、令和9年3月31日まで、桟唐戸という建具及び建具金物の修復工事をおこなっています。

専修寺(せんじゅじ)の歴史
真宗髙田派の本山で、伊勢国内をはじめ、三河、越前など全国に650の末寺を持つ。室町中期に,髙田派第十世真慧(しんね)が伊勢国内に教線を拡大し、 その中心寺院として建設したのが草創で、 初めは無量寿院と称した。教団の中心であった下野国の専修寺が兵火で焼失したことで、 1548年(天文17)からは実質上教団の中心となり、寺名も 無量寿院から専修寺へと変わった。現伽藍は,2度の火災を経た3度目の再建で、 9万2400平方メートルの境内に巨大な御影堂(みえいどう)と如来堂(ともに国宝)などが並ぶ。周囲に末寺、坊官や町屋を配置し、さらに外側を濠でかこむという寺内町の形態をとる。

如来堂の概要
桁行五間、梁間四間、一重裳階付き、入母屋造、向拝三間、軒唐破風付き、本瓦葺
如来堂は御影堂の西にあって、両堂並立の真宗伽藍配置を取っている。この堂は御影堂より遅れ、享保4年再建の計画があり、元文5年地築、寛保3年柱立ち、延享元年(1744)上棟が行われ、同5年(寛延元年)落成した。大工は近江八幡の高木氏であった。堂は桁行五間、梁間四間の身舎に裳階を付けた唐様仏殿形式で、御影堂に比べると規模はやや小さいが、それでもかなりの大堂である。細部手法についても江戸時代の典型的作品と称するにたりる。真宗伽藍の一環として重要であり、また工匠名の明らかな点でも貴重である。

事業の概要
事業名国宝 専修寺如来堂 美観向上整備事業
所在地三重県津市一身田町
指導文化庁
補助文化庁、三重県、津市
修理内容桟唐戸の修理
事業期間令和7年7月から令和9年3月(予定)
事業主宗教法人 真宗髙田派本山 専修寺
施工株式会社 竹中工務店三重営業所
設計・監理公益財団法人 文化財建造物保存技術協会

いまこんな修理をしています

扉の開け閉めができない!その1
修理のきっかけは、13個所の出入り口の扉、桟唐戸(さんからど)の開け閉めができなくなったからでした。修理は、桟唐戸を取り外して不具合の原因を調べることから始めます。上軸保護のために巻き付けている軸摺金具が脱落し(左写真)、軸摺金具が木部と擦れることで木部が削り取られていました(右下写真)。削り取られた側に扉が傾いたため、開け閉めができなくなったようです。また軸摺金具が脱落したのは、止釘の頭が擦り減ったためでした。今回、止釘の本数を増やし、止釘の頭が擦れないように、座堀を深くして金具表面よりも少し沈めました。

扉の開け閉めができない!その2
桟唐戸の蝶番金物を見ると左右で上下にズレています(左写真)。これも開閉に支障をきたす原因の一つです。長年使い続けているうちに、蝶番の管の小口が擦れ合うことで短くなったのです。今回の修理では、すり減った管と管の間に厚さ3ミリのワッシャーを飼い込みました。

彫刻が割れる!
桟唐戸正面と背面に、透彫の彫刻がはめ込まれています。菊紋の彫刻に打たれた釘が錆びて膨らむことで、彫刻の細い部分が割れたり、欠落していました(左写真)。専修寺は海が近いこともあって、潮風が建物に取り付けられた鉄金物にダメージを与えます。今回の修理では、カシの木釘を打ち込んで補強します。

板が割れる!
桟唐戸にはめ込まれた鏡板(かがみいた)は収縮や変形により割れていました(左写真)。割れ口はきれいだったので、材料は取り替えずに、左右から寄せて割れ口を合わせ、四周にくさびを打ち込んで固定しました(右上写真)。
このままだとクサビが見えてしまうので、四分一(しぶいち)という化粧材でクサビを隠します。このときも鉄釘は使わず、前述とおなじカシの木釘で止めています。

専修寺如来堂の修復事業は、文化庁の文化資源活用事業費補助金や、三重県の地域文化財総合活性化事業補助金等を受けて実施しています。

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